影千代へ

04 /28 2015
影千代が最後にお外散歩をしたのは25日。
私が外出して戻ったら 夫が硝子戸をあけていたら影千代が外に行ったとのんきに言う。
「え~!いつから」
「1時間前くらいかな」
とりあえず、家の中で名前を呼んで探したら
その声が聞こえたのか玄関の外のほうで鳴き声が・・。
「あ~、よく帰ってきたね。お入り」と玄関ドアを開けたら
戸惑ったような照れたような顔をしてしばらく時間をおいて入ってきた。
それが影千代の最後の外出になりました。
考えてみたら最後に外出ができてよかったね、影千代。
26日、家族で外出する前も具合が悪そうで留守中に死ぬのではないかと思った。
親戚と会食をして娘だけ先に影千代が心配だからと帰させた。
でもその日はだいじょうぶでご飯も食べたとのこと。
翌27日、朝 無人の私の部屋のテーブルの下にうずくまっている。

猫がこういう風にするのは死ぬ間際です。死ぬときは誰もいない暗いところに行きたいのです。
もう最後かなと思ってバスタオルに包んで庭に連れて行った。
IMG_0757.jpg

野良猫のミーコちゃんも来た。
ミーコちゃんとはつかず離れず認め合っていた関係だった。喧嘩もせず近よりもせず。

しばらく庭にいて次男の部屋のベッドの上に戻した。
IMG_0765.jpg
この後信じられないのはご飯を食べた。
お外効果かね。外のパワーをもらったのかねと思った。

この缶詰です。
IMG_0783.jpg
去年発症して飲まず食わずになった時にこの缶詰で命拾いをした。
今回も具合が悪くなるにつれこの缶詰になってきた。
この時は水もあまり飲めなくなっていたので半分くらい湯冷ましで薄めてだした。
40グラムの缶詰+湯冷まし20CC
それを3分の2くらいいきよいよく食べた。

そのあと様子を見に行ったら
次男の机の下にうずくまっていたので水と食べ残しの缶詰の皿を近くに置いて

それから朝食だったり、洗濯だったり、犬の散歩だったりして11時にまた様子を見に行ったら
近くに置いたたたんだマットの上で痙攣していた。
もう苦しかったと思う。

でも外に連れて行かないとと思ってかごに入れて
何時も影千代がいた駐車スペースに連れて行った。
でももうわからなかっただろう。
平らなところに置いてやろうとまた次男の部屋のたたんだマットの上に乗せた。

だんだん痙攣が手足の先だけになって
それもなくなっておなかが呼吸で動いているだけになって
12時30分に死にました。

影千代 よく頑張ったね。
もう眠ってもいいよ。
いい子だったね。
お利口さんだったね。
ママのところに来てくれてありがとうね。

去年の11月から半年の闘病でした。
途中、回復するかに見えた時もあったのに やはり駄目でした。
僕も一緒に散歩をするのは当然でしょという顔をして
散歩をしてくると満足そうに玄関から入って行った影千代の姿が思い浮かびます。

これから折々に影千代の姿を思い出すと思います。
クールで誇り高い利口な猫でした。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

遊びに行った時、顔を見せにきてくれた影ちゃん、クールビューティーだった影ちゃん、皆に愛されて幸せだった影ちゃん、あなたのこと忘れません。
ありがとう。さようなら。

本当にかわいがられていた

ぶんぶんさま♪

本当に影千代はいろんな人にかわいがられていたんです。
よく車庫スペースにいたから
通る人が車の下をのぞきこんでいくの。

影千代は半年間、私もあまり家を空けないようにして病気に付き合ったのでやはり忘れられない猫になるとおもいます。

No title

影千代ちゃん ありがとう

飼い猫を持ったことのない私に 猫のこといろいろ教えてくれて
ありがとう
ひとり散歩から帰って家に入れなくて窓ガラスにたくさんの
肉球スタンプつけたよね
ときどきはハニーちゃんとも付かず離れずお散歩したよね
あなたはとびっきり美しく気高い猫でした
いつまでも忘れないでしょう…ありがとう

いつも優しいコメントをありがとうございます

山桜さま♪

そうそう、少しづつ外に出すようになった頃
寒い雨の降り続く日に一晩帰らなかったのです。
もぐら捕りの罠にでもかかって雨に濡れているんじゃないかと心配しましたら全然濡れた形跡もなく元気に帰ってきたのです。
どこかのうちで雨宿りに家に入れてくれたのではないだろうか?

それからお外の好きな猫になって
脱走する猫と私の知恵比べでした。

なつかしいな。
涙出そうになった。

本当にいつも優しいコメントをくださってありがとう。